黙って座ってじっと聞け

黙って座ってじっと聞け

 

 

ちょっと、ドキっとするような題名

 

これは最近youtubeで見た、細野晴臣さんの昔のテレビ番組です

 

 

 

1960年代の終わり細野さんがエイプリルフールをやっていた22歳ごろ、アメリカのヒッピー達の心の中にネィティブアメリカンがいました

 

細野さんは人生で通過しなくては、いけないものを通過してないような心持たなさをずっと感じていたと

 

 

その中で細野さんが今回、通過儀礼を50歳を目前にして、体験しようと思った動機を語っていたんですが、それがとても興味深く

 

うろ覚えなので、多少言葉のニュアンスが違う所があると思われますが

 

 

「人間の本能として、何かを通過していかなきゃいけない、

 

自分は成長していかない

 

親の世代は、戦争があったりいつもの意識では、生きていけない状態があった

 

さらに戦争で何か親の代から受け継ぐみたいなものが、とぎれた気がする

 

 

今の人達はそれを不幸な形でやってくるでしょ?事故とか病気とか。

 

僕は、肉体が弱いんでいつも、覚悟しちゃうんです

 

すぐ心臓にきちゃうから、本当に命がけなんです。」

 

 

 

今まで、同世代より少し早く大人になるのって、辛い事があった人の特権みたいに

考えるふしがありました。

 

 

それをネイティブアメリカンの思想というか、文化の中で「通過儀礼」という形で

代々受け継がれて来た、形や仕組みの中で精神を成長さる、価値観に影響を与える事で

 

あの経験があるから大丈夫っていうような自信ができたり

あの経験に比べたら、今の状況くらい乗り越えれるって耐性ができたり

 

通過儀礼という習慣について無知で、なんだか必要性を理解していなかったので

今回の映像は、感動しました

 

大人になるって定義は、色々むずかしいけど、間違いなく精神性だろうし

心が自立した大人になる為に、必要だと思います

 

そして自分の人生は、残念ながらそれを教えてくれる人に出会えなかったので

苦境でもがいて、もがいて

はいあがって、そこから学ぶもの、痛みがある上で学ぶものという常識が、できてしまっていました

 

 

映像の中で細野さんが、色々と聞く事、感じる事で、どこにいても1人でいても1人じゃないという、芯の強さを体験していく過程をうらやましく眺めました

 

また興味深かったのは、その当時の細野さんの音源が

 

雅楽やっていたり、アンビエントだったりと、

 

それこそ個人的には、その当時の名盤「マーキュリックダンス」が好きで、雨の日にこのレレコードをかけると、本当に気持ちが良くて

 

その後、エレクトロニカにだんだん以降していく感じと

 

音の質はかわっても、表現方法は変わってもアンビエントの時期と、エレクトロニカの時期の音源の共通点が、今回なんとなくわかった気がしたのがよかったです。

 

インストでも、歌物でも、やっている事は変わっても歌いたい事の中の共通点が

またひとつ見えました

 

まぁ、別に変わらない事が良いとも、変わっていく事が良いとも、どちらかだけを思ってもいないんですけどね。

 

店舗のブログなんですが、長々と思いっきり趣味趣向の事を書いてしまった

まぁ、こんな人間が一生懸命施術するお店です。

 

ちょっと内容が精神世界よりの事を書いてますが、お店でやっている事は超現実的な理系施術です。

 

人の体の共通点のなさに日々、驚きを感じながらその中で、どうやって解剖、生理学を基礎として、再現性を高めるかに重きを置き人の体をさわらせて、もらっています。

 

どうぞ、よろしくお願いします。